自己肯定感を高める親切~例えばなにができるだろう

雑談
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自己肯定感:自らの価値や存在意義を肯定できる感情

人に親切にすることが自己肯定感を高めるのは、経験があるので実感しています。

人見知りが未だに残っており、決してお金持ちではない独身者にいったいどんな親切ができるだろう。

電車でお年寄りに席を譲る。ただし「わたしは結構(年寄りじゃないわ)」と言われそうもない人に。(お洒落なお年寄りは判断に迷う)
落とし物を見つければ届けるし、値札をつけたままの女性にはそっと教えてあげもする。

が、めったにそんな事は起こらない。

無財の七施(しちせ)

仏教の経典「雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)」に無財の七施という布施がある。
わたしは「財産がなくてもできる施し」と記憶していたが、「財物を損なわない布施」と説明されているものもあり、それでは随分イメージが違うと思うが、
やはり「財産がなくてもできる」でありたい。

①捨身施(しゃしんせ)自分の体で奉仕。ひとの嫌がる仕事でも気持ちよく実行する。

②和顔施(わがんせ)穏やかな顔で人に接する。

③心慮施(しんりょせ)人のために心を配る。人の痛みを自分の痛みとして感じとる。

④慈眼施(じがんせ)慈しみに満ちた眼差しを向ける。

⑤愛語施(あいごせ)やさしい言葉をかける。やさしい言葉をつかう。

⑥房舎施(ぼうしゃせ)雨風をしのぐ場所を与える。

⑦座床施(ざしょうせ)席を譲る。地位を譲る。

なるほど。
⑦は既になかなかできているし、穏やかな顔をするだけでいいのなら、なんとかできそう。
要は人に心地良くあってもらおうという気持ちと行いですね。

布施を、ここでは現代における親切であるという解釈で挙げていますが、
仏教において布施は、六波羅蜜という悟りに至る六つの行いの一つだそうです。

自己肯定感を高めるために、そのような布施を挙げ連ねるのは如何なものか。
自分のために人に親切にしようなどもっての外だろうか。

しかし、悟りを開こうというのも、最後のエゴ、ひとつのエゴかもしれない。

西行

2012年の大河ドラマ「平清盛」で藤木直人さんが演じた(美しかったですね)西行。

平安時代末期から鎌倉時代初期の武士で、のちに僧侶となり、歌人でもあったかたですが、西行が出家する際に、すがりつく娘を蹴落として家を出たという逸話が西行物語にあります。
(西行物語は史実を忠実に記録したものではないようです)

“願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ”<山家集> 西行

と歌い、本当にほぼその通りに亡くなるなんて、あまりに美しいエゴだと思うのですが。

随分と話しが遠まわりしました。

親切。それが自己肯定感を高めるというきっかけであっても、別にいいではありませんか。

「和顔施」素敵な言葉ですよね。

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